先日、3か月付き合った彼女に振られました。
「別れたい」と言われたとき(本当にこれは強がりではないんですが)、「やっぱりか…」という気持ちになって、彼女の選択を受け入れることができました。
振られた理由は
- 異性として見れない
- 会社の人間関係と変わらない
です。キツイ。
いくらその場はきれいに取り繕っていても、いざ時間がたつと未練がましい男だなと自己嫌悪するくらい、未練なり後悔の気持ちがわいてきます。
なので、今感じていることを吐露するかの如く文字にしたためておこうと思ってこの記事を書き始めました。
ちなみに、出張先のホテルから書いてます(笑)
気づけなかった変化
当然ですが、付き合う前は関係は良好だったと思います。
連絡をすれば返信がくるし、デートの後は彼女からありがとうメッセージが来たわけです。
そして一緒にいて楽しかったです。
ですが、付き合ってからなんか上手くいってないなという、本当に些細な感覚がありました。
一緒にいてもなんか楽しくないし、なんか会話がかみ合わないなと感じつつ、「いいやきっと今日がうまくいってないだけ」とその違和感を押し殺していました。
その違和感というのは彼女も感じていたのでしょう。徐々に連絡する頻度や態度が変わってきました。
具体的な例は
- 返信の頻度が下がる
- 文字に一切の感情が乗ってこない
- 絵文字やスタンプがなくなる
- 目が合わない
- 笑わない
- 名前で呼ばなくなる
- つまらなそうな顔をする
です。
どれもこれも少しネット検索すれば「脈なしのサイン」と真っ先に挙がってきそうなものばかりですね。
そして、おそらくそのサインが出ていたことに気づいたとしても、手遅れだったのだろうと思います。
違和感の理由
ではなぜそのような違和感を抱くような関係になったのか。それを少し考えてみました。
まあ、私の予想なので外れてる可能性もありますが。
まずは「お互いに本当に好きで付き合ったわけじゃなかった」です。
これは彼女から「私も迷いながら交際OKという返事をした」と言われたというのが根拠であり、そして、本当に失礼なことを言いますが、私も29年の人生で初めて彼女になってくれそうな人が現れて、手放したくないと思って、本当に好きになる前に交際申し込みをしてしまったというのがあります。
もちろん、付き合っていくうちに彼女が好きになりましたが、彼女は私を好きにはなれなかったようです。
そして実は私、好きな人がいたのですが、どうやっても付き合えないことが分かっていて、その気持ちを紛らわすため、好きな人を探そうという、本当に不純な動機で今回お別れした彼女と知り合ったということもあり、今回の結果というのは因果応報というのが最もしっくりきますね。本当に人間の屑だなと思います。
そして「好かれようと必死になっていた」です。
前述した「好きな人」の存在がまだ心に残っている状態で彼女とやり取りしているときというのは、「この人とはまあどうなってもいいかぁ」という気持ちでやり取りをしていました。
もちろん、彼女の話題にはついていくし、レコメンドされた作品なりはちゃんと視聴して感想を語り合って、みたいなフラットな会話ができていました。好かれる努力とかは全くしてなくて、自分の興味の赴くままに会話していたんですね。
ですが、付き合ってみて自分の中で「この人が好きなのかもしれない」という気持ちに変化したとき、もっと好かれるためになにかしよう、と意識的に行動してしまったのだと思います。
過度な優しさ、過度な気遣い、会話を盛り上げなければならないという使命感、すべてが裏目に出ていました。
それが彼女にとって違和感となって、心にスタックしていき、はじけ飛んだわけです。
最後は「無知だった」です。
私は好意を「その人が笑ってくれるか、話が盛り上がるか」という単純な物差しで測ってました。
だからできるだけ笑ってくれたり、同じ業界に身を置くものとして業界トークをしていました。
たしかに話は盛り上がりました、でもこれって恋人同士で話す話題ではないんですよね。
たとえば彼女が好きな話題、少し将来の話、プライベートな話。そんな会話をすべきでした。
会話のほかにも、自分からスキンシップを全くとろうとしなかったのも、もしかしたらよくなかったのかなと思います。それって友人となんらかわらんやんって。
決定打
私の中で、彼女との関係が決定的になったなと振り返る出来事があります。
まずは「酔った自分が男性らしさに欠ける」です。
おっさんになってようやくお酒をたしなむようになったわけですが、私はある程度酔うと弱い自分がでます。
ネチネチしたり、変に甘えたり、受けを狙ってボケたりします。
これの良し悪しはわかりません。でも、彼女にとってそれが不快だったと思います。
そして最後が「失礼な立ち振る舞い」です。
あるコンサートに行くことになり直前になって「同僚も同席するから」という話にしてしまいました。
同僚が同席するのには理由がちゃんとあるんですが、それでも、普通に考えたらありえない話ですよね。デートに同僚連れてくるかって話です。しかも許可なしで。
まあそのほかにもあるでしょうけど、”りちつも”で付き合っていくうちに化けの皮が剝がれたと、そう思われ、未来が見えなくなったのだと思います。
振られて得たこと
まあこんなわけで思い返すほどに失態が明るみになっているわけですが、すべての失態はこの言葉に集約できると思います。
「慣れてきたとき、好かれようと思ったとき、等身大の自分を出せなったとき、終わる」です。
顔合わせの時は様々な配慮をします。会話のドッチボールをちゃんとするとか、落ち着いた自分を見せるなど。慣れてきたときそれらの配慮がなくなり自分本位になっていました。
彼女を不快にさせないように自分の意見を殺して優しくしたり、気になることを黙るというのは、やっぱり歪です。ちゃんと言いたいことを言わなかったりYESマンになっていたり、配慮しすぎているときは、確実に相手がしんどくなります。好かれようとしすぎるとこうなります。
等身大の自分をだせない、というのも好かれようとする話と近いですが、どちらかというと、付き合う前から出しておけということです。いくら隠してもいずれバレますし、隠すのがしんどくなってきます。だから最初から出してしまえということです。
好きになる瞬間というのは人それぞれだと思います。一目ぼれだったり徐々にだったりと。
でも、嫌いになる瞬間というのは共通している気がします。
感謝の気持ち
ここまで書いた内容というのは私サイドの話です。
彼女がどうこう、という話は全くしてませんし、考えても思い浮かびません。
まあ最後の方は、彼女があえて未読をしていたというのはありますが、元をたどるとそれは私に原因があるわけです。
彼女には感謝、なんでしょうか。すごく誠実な方だったと思います。
別れ話をするためにわざわざお店を予約して会う機会を作ってくれたんですよ。
フェードアウトとか、メッセージとか、もっと楽に時短に簡単に関係を終わらせる方法はあるはずです。
それなのに会って直接気持ちを言ってくれたことは、彼女の誠意を感じるとともに、残酷でもありました。
だから私はすんなりと彼女の選択を受けれることができたんだと思います。
感情のコントロール
きれいな言葉でブログを締めることも考えましたが、まあ冒頭の通り、未練タラタラなわけです。
ああもあろうこうもあろう、といろいろ考えてしまいますし、LLMとひたすら壁打ちしたりします。
ネットで「失恋 立ち直り方」とググるといろんなことが書かれていますが、まあはっきり言って何の役にも立たないです。だってその方法で立ち直れないから調べているんだもんって。
とはいえ、やっぱり自分を見失ってはいけないし、いつまでもクヨクヨしていては周りにも迷惑をかけるので、から元気で仕事していたら「なんかあったん?」と言われたしつつも、今は仕事と進学、そして職場なり友人と過ごす時間を大切にしようと思えるようになってきました。
だから今週は土日ともに予定を入れました。朝晩まで忙しいぜ。
ただね、明日出張先オフィスで働いている先輩とお酒飲みに行くんですが、その時は思いっきり甘えようと思います。
普段職場で見せている「完璧な自分」ではない、女々しい自分を一回くらい見せて、そこでいったん気持ちの区切りとさせてもらいます。
将来の自分へ
というわけで、個人を特定されない範囲でつらつらと未練がましい内容を書きなぐりました。
さらに生々しい内容はGoogleカレンダーの最後のデートのところに書いてあるからしっかり読んどけよ、将来の自分。
人間関係って難しいなとつくづく実感しました。仕事のようにベストプラクティスがあるわけでもないし、人によって正解が異なるし、同じ人でもTPOによって変えないといけないときもある。
このブログを読んでいる何年後かの自分よ、もう立ち直って未来に向かってちゃんと歩めているかい。パーマネントになったのか転職したのか知らんけど、大学院は卒業できたかい。新しい彼女はできたかい。
自分は行動力あると思っているし、ちゃんと過去から学ぶ人間だから、今よりも視野が広くて解像度の高い人生を歩んでいるだろうね。
「そういやそんなこともあったなぁ」と将来の自分が思い出して、すこーし感傷に浸ることができれば、このブログを書いた意味があるというものです。
